2010年06月13日

袴田事件 命を考えるSP 高橋伴明 たかじんの委員会 H22.6.13

袴田事件 命を考えるSP 高橋伴明 たかじんの委員会 H22.6.13

袴田事件を題材にした高橋伴明監督の映画「BOX 袴田事件 命とは」を元に、冤罪事件について考える。

ゲスト 高橋伴明(映画監督)

映画「BOX 袴田事件 命とは」についてはこちら
http://www.box-hakamadacase.com/

袴田事件
昭和41年(1966年)6月30日未明、静岡県清水市で味噌製造会社専務の一家4人が刺殺され、放火された事件。
従業員の一人が逮捕され、取り調べの末に自白。法廷では無実を主張したものの死刑判決が下される。3人の裁判官の判断は、死刑2、無罪1に分かれた。
袴田死刑囚は74歳で今も刑務所に収容されている。当時無罪を主張した熊本裁判官は、袴田死刑囚は無実だとする会見をしている。

熊本裁判官に関する本
    
美談の男
裁かれるのは我なり



日本の裁判は起訴されると99パーセント以上有罪となる。
冤罪になる原因は、取調べ段階と裁判の段階と二つある。
取調べ段階での自白の強要。証拠よりも自白が重んじられている傾向がある。
勾留中に精神的肉体的苦痛の中で取調べを受ければ、自白してしまう。

検事はとりあえず自白調書に判を押して、真実は法廷で述べればいいではないかと言う。しかし、法廷で無実を主張しても重んじられない実情がある。しかも、起訴されると99%以上有罪である。

自白の信憑性について、裁判所は客観的証拠に照らして検証すべきである。しっかりした検証なしに自白を証拠として採用すると、警察の取調べもその程度に応じたものになってしまう。

裁判官は判決を下すにあたり自分の判決が上級審で覆されることを嫌う。

勾留期間が長過ぎる例がある。これは重大な人権侵害である。勾留を裁判所が許可するのは、法に基づくとはいえ裁判所の慣行によっている。

井上薫



<パネラー>
三宅久之、田嶋陽子、筆坂秀世、桂ざこば、井上薫、勝谷誠彦、須田慎一郎、宮崎哲弥

<ゲスト> 高橋伴明(映画監督)

posted by ナカジー at 17:35 | 裁判 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月17日

裁判員SP たかじんの委員会 H21.5.17

裁判員SP たかじんの委員会 H21.5.17

本日のテーマは裁判員スペシャル
ゲスト 住田裕子(弁護士)、井上薫(元判事)、本村健太郎(弁護士)
委員席には土本武司(元検事)

 住田弁護士は裁判員制度の積極的推進派。次の二つに意義を認めているようだ。
・裁判官の専門的知識に一般国民の(海千山千の経験による)常識を取り入れて良い効果をもたらす。
・国民が司法を自分のこととして目を向ける。国民の司法参加。

 裁判員候補者の通知が来た50〜60人から6人に絞られる。事件に関わりのある候補者は除かれる。事件に関わりがなければ組員でも裁判員に紛れ込むとする意見と、それは避けるべきとする意見があった。実際の運用はどっちだろうか。

 松本サリン事件被害者の河野義行さんは取材インタビューによれば、裁判員制度にどちらかといえば賛成。当時あのまま起訴されていたら有罪になっていたかもしれない。(起訴されるとほとんど有罪になるからだと思う)裁判員なら正しく判断してくれるのではないか。検察の立証が成功しているかどうかをきちんと見れば、マスコミ報道とかに左右されずに判断できるのではないか、という趣旨の意見。

 闇サイト殺人事件被害者の母親の磯谷富美子さんは取材インタビューによれば、裁判員制度にどちらかといえば賛成。一審では加害者の二人は死刑で、自首した一人は無期懲役刑だったことについて、あんなに酷い事件を起こしたのに無期刑である、未だに娘の死を受け入れられない、裁判員には被害者遺族の気持ちを重く受け止めてほしいとの趣旨の意見であった。

 裁判員6人が一致した意見であっても、その意見にひとり以上の裁判官が加わらなければ裁判員の意見は採用されない。井上元判事によれば、3人の裁判官は裁判長を中心にして同調した意見になるので意見が割れることはほとんどないということだ。

 現状は殺人罪でも死刑にならないことが多いが、裁判員制度の導入で量刑にどのような影響があるだろうか。

 裁判員制度は4日後にいよいよスタートする。


やしきたかじん、辛坊治郎
<パネラー >
三宅久之、土本武司、田嶋陽子、鈴木邦男、桂ざこば、南美希子、勝谷誠彦、宮崎哲弥
<ゲスト>
住田裕子(弁護士)、井上 薫(元判事)、本村健太郎(弁護士)
<取材インタビュー>
河野義行(松本サリン事件被害者)、磯谷富美子(闇サイト殺人事件被害者の母親)
posted by ナカジー at 16:39 | 裁判 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月09日

裁判・井上薫 捜査・飛松五男 たかじんの委員会 H21.3.8

裁判・井上薫 捜査・飛松五男 たかじんの委員会 H21.3.8

ひとつ目のテーマ 裁判

永山基準(1983年の最高裁判決)
 永山事件(4人殺害)の判決以降は一人だけの殺人は死刑を回避する傾向にある。

裁判の現状
 起訴された刑事事件の有罪率は99.9%、量刑は求刑の7〜8割が相場で、裁判はセレモニー化されているとの指摘がある。

本日のゲスト
井上薫(元判事、弁護士)
千葉・神戸地裁などの判事補任官、前橋地家裁などの判事を歴任。06年横浜地裁判事を退官後、07年に弁護士登録。
著書
裁判官が見た光市母子殺害事件
死刑の理由 (新潮文庫)


井上薫
・山口県光市母子殺害事件で、1審2審で無期懲役となったのは永山基準に基づいているからである。最高裁は今回は永山基準を使っていない。
・司法村(司法界)では前例尊重主義が骨の髄まで行き渡っていて重症である。


二つ目のテーマ 取調べ

本日のゲスト
飛松五男(元兵庫県警刑事)
兵庫県警捜査一課で「敏腕刑事」で鳴らすなど、通算36年間を捜査畑で過ごす。「飛松よろず相談所」「飛松実戦犯罪捜査研究所」などを設立して活動中。

飛松五男
・冤罪が起きるのは自白の裏付けが取れていないから、捜査員が汗を掻いていないからである。その組織や捜査員の問題である。
・捜査能力は落ちている。その理由は今や捜査員は立身出世を求めている、位により給料や世間の見てくれも違う、実績の判断は効率化され何事も数字で判断される。


 警察はとかくその捜査手法が批判される立場なので、年季の入った飛松元刑事といえども受けて立つ立場は不利である。弁護士なる人たちはどうも法律上の基準以外の要素を考慮することができない存在のようである。また、弁護士はもともと代言人と呼ばれていたようであるが、代言人というと三百代言ということばを連想して何となく合点してしまう。ところがいかな代言人でも不意に突っ込まれるとその理屈は破綻するようである。

 飛松元刑事がしごく真っ当な話をしていると、山岸弁護士が富山県氷見市での冤罪事件が起きたことを指摘し、飛松元刑事がそれはその組織や個人の問題であり警察全体に敷衍すべきではないと答えたところ、石丸弁護士はそれはおかしいことで一度でもあってはいけないと言った。宮崎氏が先進国の中では日本は冤罪は極めて少ないと述べた後、ざこば師匠が、そういう弁護士も依頼者に本当はやっていてもここはやっていないと言った方が良いと言っていると指摘すると、自分はそんなことは言わないと躍起になっていたが、石丸弁護士の理屈からすると自分がしていなくても他の弁護士がしていればダメということになるはずなのにそこはどうしたのだろう。

 飛松元刑事が机を叩く等の手段で自供を促すことについて、山岸弁護士が拷問などによる自白の強要は憲法で禁止されているからその手法は正当化されていないと述べたことに対し、憤然と立ち上がったざこば師匠が犯罪をやった人間がすんなりと白状するわけがなく問題となっているような取り調べ手法は認められる、例えば妻も自分に対して机を叩いたり不安にさせたりすると言うと、山岸弁護士はそれはざこば師匠が悪いからでしょうと答える、これに対しざこば師匠はだったらそれは犯罪についても同じだろう、自分の場合はしていなくても同じ目に合うと言っていた。
 誠にその通りで、悪いことをしていたら強圧的手法でもいいのなら捜査における取り調べでも同様にあてはまる理屈になるのにそこはどうなっているのか。しかもざこば師匠は卑近な例で自分を下げることにより、相手に上手のまま逃れる道まで与えているのである。弁護士は単に法律を知っているというだけなのに、何か偉そうな人が多い。

 飛松元刑事も言っているのだから取り調べ室の様子は可視化すれば良い。しかもその状況でも飛松元刑事は机を叩く。そしてそれが駄目だというならいつでも辞める、でも後は誰がやるのですかと言うその通りなのだと私は思う。すべてを虚心坦懐に見れば状況は分かるのであり、冤罪が起きれば責任も取る、それでも駄目というならその人(弁護士ができる?)がやればいいのである。

 机を叩けば憲法の人権規定上問題になるぐらいのことは先刻承知しているから言葉にも詰まるのである。その折り合いをどう付けるかが問題の核心なのに、この印籠が目に入らぬかとばかりに憲法の条項を出してどうするのか。それなら却って憲法の方に不備があるのではないか。
 時の形勢不利な叩上げ元刑事が無菌培養上から目線の弁護士を迎え撃つという恰好か。立場の違う者が合いまみえる議論は今どき他にはないこの番組の面白さだと私は思う。今回の対決については、泥臭い元刑事を支持する。

<パネラー>
三宅久之、田嶋陽子、桂ざこば、勝谷誠彦、宮崎哲弥、村田晃嗣、山岸久朗、石丸幸人
<ゲスト>
井上 薫(元判事)、飛松五男(元兵庫県警刑事)


タグ:捜査 裁判
posted by ナカジー at 22:36 | 裁判 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月24日

裁判員制度の問題点・井上薫 たかじんの委員会 H20.11.23

裁判員制度の問題点・井上薫 たかじんの委員会 H20.11.23

 ひとつ目のテーマは裁判員制度

 来年5月スタートの裁判員制度について弁護士会の中にも賛否がある。弁護士会のHPではその意義について、「…法律家でない人たちの感覚や社会常識が裁判の内容に反映され、裁判が身近で分かりやすいものになり、一般市民の司法に対する理解と信頼が深まる期待がある…」と述べているそうだ。

<裁判員制度に賛成か反対か>
三宅久之
・最高裁の説明では、上訴すると(裁判員のいない)二審では一審の判断を尊重するという。それでは、三審制の意味はないのではないか。

 本日のゲスト
 井上薫(元判事・現在弁護士)
 著書「つぶせ!裁判員制度 (新潮新書)」「裁判官の横着」など。

井上薫
・素人である裁判員に本当に裁判ができるのか。
・裁判員の仕事は3つある。事実の認定、法令の適用、量刑。
・事実の認定について。
裁判員は日常生活のままでできるというが、日常生活での判断方法とは異なる。例えば証人尋問をやって事実認定をすることは日常生活の中ではない。法廷は特殊な空間である。
 刑訴317条に「事実の認定は証拠による」とある。証拠とは法廷で正式に取り調べた証拠をいう。この証拠によって判断すべきで、例えばテレビの情報などを元に判断してはいけない。
・法令の適用について。
 ある犯罪事実に該当するのかどうか、前科があれば刑が重くなる、酌量の余地があれば酌量減刑する。それが分かるだろうか。
・量刑について
 例えば、放火は財産の損害より公共の危険つまり大火になる可能性を重視する。(ボヤで済んだとか)財産的損害に注目すると量刑を間違える。
 保護法益といって、この規定は何を守っているか、これは刑法の勉強でする。

・これらについて裁判員が分からなければ裁判官に聞けば良いではないかということで、最高裁HPもそうなっている。裁判官が説明して、裁判員がはいと答える場面を考えているようだが、それは違う。
 裁判員法8条に、「裁判員は独立して職権を行使する」とある。裁判官の説明を聞いて真に受ける必要はない。裁判官と別の意見を言って結構である。裁判官に教えてもらえばいい、という話ではない。
・法律を勉強して分かっている人間でないとできない。

・自分も今の裁判官の裁判がベストだと思っている訳ではない。それを改善する具体的手段として素人6人を入れるやり方(裁判員制度)がよくない。

田嶋陽子
・イギリスなどでは陪審員をやっている。

井上薫
・あれは権力による人権の侵害を防ぐ、そのためには仲間に裁判された方がいいという欲求からでき維持されている。日本とは土壌が違う。(裁判員制度は)裁判官が教えてくれるからできると言っていて、裁判官の権力行使を抑えるという発想はない。

福山哲郎
・6人が法律を知らないから全てに判断力が欠けているかのような言い方は言い過ぎではないか。

宮崎哲弥
・量刑についてバラつきを肯定するか、一律であるべきか。

井上薫
・今でもバラつきはあるけど少ない。大体の幅があってその範囲内で量刑している。自分が思うにその幅が狭い。法律はもっと広い。

桂ざこばの問に答えて
・証拠だけによって事実を認定するというのは、(たまたま)個人的に知っている知識を使ってはいけないということ。

田嶋陽子
・映画「それでもぼくはやっていない」を見たか。

井上薫
・あれは良くできている。本当みたい。私はあれをもとに「痴漢冤罪の恐怖」という本を出したくらい。

田丸麻紀
・あれが現実に近いということか。

井上薫
・あれが現実です。本当です。

<裁判員制度で一番得をする人は誰か>
井上薫
・裁判官は気楽になる。責任逃れができるから。
 国民が得をするか? 人権規定の運用にも法律知識が必要、それが保証されない裁判は怖い可能性がある。

辛坊アナ
・(パネラーの)皆さんが考えているのは、裁判員になること。被告人になった時はどっちがいいか。

井上薫
・皆さんは裁判員になることしか考えていないけど、冤罪もある。

宮崎哲弥
・(裁判員制度により)死刑が増えるという考えがあるがどう思うか。

井上薫
・いろいろな要素があって良く分からない。

宮崎哲弥
・凶悪事件が増えていないのに、2004年に死刑が増えている。昭和50年代から60年代はもっと多かった。プロの(裁判官の)死刑の判断も揺れているということ。

金美齢の発言を受けて
井上薫
・(死刑を言い渡すのは)怖い。自信を持って(死刑の言渡しを)しても、やはりあれで良かったのかという心は少し心のどこかに残る。

辛坊治郎
・戦前の陪審員がなくなったのは、裁かれる側がどちらかを選ぶことができて裁判官による裁判を望んだから(陪審員制度が)なくなった。

井上薫
・(裁判員制度について)被告人の立場から誰も発言しない。彼らの立場を代弁する人がいないと偏った話になる。

宮崎哲弥
・根本的な問いだが、なぜ重大事件に限ることとなったのか。

井上薫
・こちらが聞きたい。ためしに痴漢事件でやって正しく事実認定ができるかどうか実験してみればいいのである。痴漢事件だってそんなに簡単に決める訳ではない。

福山哲郎
・裁判を改善すべきという方向は(井上さんも)同じだと思う。

金美齢の発言を受けて
井上薫
・とりあえずやってみるというのが困る。とりあえずやって死刑になった人はどうするのか。


 もうひとつのテーマ
 もともとこれがひとつ目だった。「元厚生次官宅襲撃事件」の犯人像をテーマに収録したが、放送前日出頭した男に対する捜査が始まったため止むを得ずカットとなった。

 最後のテーマ
 中山成彬元国土交通大臣の「日教組発言」を巡って

 中山前国交相が、「日教組が強い県は学力が低い」と発言したことに対し、全国学力テストの点数が低い県が日教組の組織率が低い県でもあったとの指摘がある。これについて中山氏は「日教組の組織率」とは言っていないという。また、仮に「日教組の組織率」を問題にするとしても件の「日教組」の組織率が低い県では「全教」の組織率が高いということだから、結局教員組合の組織率は低くない訳である。
 中山発言に対するマスコミの批判が揚足取りのようで、改めて表面的なマスコミ報道だけで判断してはいけないことがよく分かる。
 とは言え、昔ならともかく今は教員組合の姿勢が学力や教育の最大の問題とはいえないと思う。長年に渡り「ゆとり教育」を推し進めてきたのは当の文部省である。

 中山恭子夫人の中山前大臣あてのメッセージはとても良かった。たまにはこういう美しい日本語を聞きたいと思う。

<パネラー>
三宅久之、金美齢、田嶋陽子、中山成彬(前国交大臣)、桂ざこば、宮崎哲弥、福山哲郎(民主党衆院議員)、田丸麻紀
<ゲスト >
井上 薫(元判事)
posted by ナカジー at 09:23 | 裁判 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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